大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和56年(オ)362号 判決

上告人

本郷豪

右訴訟代理人

川坂二郎

被上告人

松田律

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人川坂二郎に上告理由について

第三者が親子関係存否確認の訴を提起する場合において、親子の双方が死亡しているときには、第三者は検察官を相手方として右訴を提起することが必要であるが(最高裁昭和四三年(オ)第一七九号同四五年七月一五日大法廷判決・民集二四巻七号八六一頁)、親子のうちの一方のみが死亡し他方が生存しているときには、第三者は生存している者のみを相手方として右訴を提起すれば足り、死亡した者について検察官を相手方に加える必要はないものと解するのが相当である(人事訴訟手続法二条二項の類推適用)。そして、本件において、亡本郷武雄及び亡本郷てるへと上告人との間に親子関係があるかどうかを確定することは、単に現に係属中の遺産分割申立事件との関連において相続人の範囲を決定するためばかりでなく、被上告人と上告人との間の身分関係を明らかにし、戸籍の記載を真実の身分関係に適合するように訂正し、また、右親子関係を基本的前提とする諸般の法律関係を明確にする等のためにも必要であるから、右遺産分割申立事件の前提問題として親子関係の存否を争うことができるからといつて、そのために本訴についての訴の利益がないということはできない。更に、原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては、被上告人がした本件訴の提起は信義則に反し権利の濫用にわたるものではないと認められる。

原判決に所論の違法はなく、右違法のあることを前提とする違憲の主張はその前提を欠く。論旨は、いずれも採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(谷口正孝 団藤重光 藤﨑萬里 本山亨 中村治朗)

上告代理人川坂二郎の上告理由

原判決には、憲法違背および判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背がある。

第一、一、原判決は、上告人において、本件訴は不適法であるをもつてその却下を求めたのに対し、何らの理由も示すことなくこれを適法としているが、これは昭和四三年(オ)第一七九号同四五年七月一五日大法廷判決の趣旨に違反するものであり、又上告人が、本件訴状請求の原因に明かなように、本件は、遺産分割事件の相続分が異なることを唯一の理由とするものであるから、それは遺産分割事件の前提問題として処理すれば足りると主張したのに対し、敢て鶏を割くに牛刀を用いて判決による判断をし、その結果上告人始め親族に重大な当惑と衝撃を与えることになつたのは昭和三八年(オ)第一一〇五号同三九年三月一七日第三小法廷判決の趣旨に反する。

二、次に原判決には訴訟手続上の違背がある。即ち本訴は単純な親子関係不存在確認による戸籍訂正を目的とすることでなく、現に係属中の遺産分割事件(東京家裁昭和五二年(家)第四、一一八号同第四、二〇一号)の相続分が異なることを唯一の理由とすること前記のとおりであり、しかも言わば上告人を本訴の被告として人質にとり、以て右遺産分割事件の財産上不当な利益を得んとする非道(その事実関係は後述)な目的による本来的には所謂合法的脱法行為なるが故に、上告人はこれを解明するため、事実上並に法律上の主張をし(その詳細は本件記録上明かな、第一審における答弁書と昭和五四年二月二六日付準備書面、控訴審における昭和五四年一二月一二日付第二準備書面の記載のとおりであるからこれを援用する。)、立証として第一審において乙第一乃至第四号証を提出し、証人仁宮美と原告本人の尋問を申請したが、証人仁宮美の尋問のみにて第一審は結審され、控訴審においては更に乙第五乃至第七号証を提出し、証人仁宮美の再尋問を被控訴人本人との対質尋問として申請したのに、上告人(控訴人本人)の尋問のみにて結審され、上告人の主張事実は審理が尽されなかつた。これは本件が人事訴訟として民事訴訟法による処分権主義に従うのではなく職権主義による証拠主義による証拠調がなされて事実関係の真実追究がより正確に解明されることが期待されている筈なのに、上告人申請の人証すら尋問されずに結審せられたことは人事訴訟法による手続上の違背があるのである。

三、更に原判決には被上告人(原告)の本訴請求が信義則を定め権利の濫用を許さない民法第一条第二項第三項に違背し、延いては公序良俗に反して無効な法律行為を目的とする点で同法第九〇条に該当するし、憲法第一二条乃至第一四条に規定する上告人の人権と法の下の平等が保障されない不法がある。

第二、右の諸点について以下これを具体的に指摘する。

一、判例違反について

(1) 上告人は第一審の答弁書及び昭和五四年二月二六日付準備書面において親子関係存否確認に関する判例の変遷を述べ、過去の法律関係の確認が許されなかつたのが前記昭和四五年七月一五日大法廷判決により第二次大戦後急増した戸籍訂正を求める社会的事情の変動に対応して、救済の為の一八〇度の転換をしてこれを認めるに到つた経緯に言及したが、この判例は後述するように、反対説も多く、一歩誤まれば、死後認知との不均衡等却つて不測の当惑と衝撃を関係親族に与えるために慎重に限度を守るべきことが指摘せられている。本来身分関係の設定・変更は当事者のみがなし得るところであり本人死亡の場合に検察官を相手方として死亡者の代理或は代表とするのは救済策としての例外であり、この判例でも、救わるべきは父母の両者又は子のいずれか一方が死亡した後でも生存する一方が検察官を相手方として死亡した他方との間の親子関係の存否確認の訴が提起できるとするので、無制限に第三者が生存の一方のみを相手方とすることを認める判旨ではないのである。少くとも親子関係の主体の一方が死亡した後はその親子関係は過去の法律関係となり救い難いのを、こうした過去の法律関係についても、その紛争が現在に及び判決による確定の利益がある限り確認を認めて救う趣旨と解せられる。しかし判例がこのように救済する方向に変つたため更にこの判旨を発展させた親子関係の主体の双方が死亡した後においても第三者から検察官を相手方にして親子関係存否確認の訴が許されるとする下級審の判決(例えば東京地判昭和五〇年一月二四日、判時七八七―九三)が出たが、本訴では誰が死亡した父母の両者を代表するのか。

まさか被告である上告人が父母と子の三者をすべて兼ねる当事者適格があるというのか。原判決には適法とする理由が示されないので理解し得ない。上告人はこの場合死亡父母の代理又は代表として少くとも検察官を相手方とすべきであると思料するが故に判旨に反して不適法とするのである。尚この判例は訴訟手続上の違背についても触れるのでその項で再述する。〈以下、省略〉

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